まるごと丸太を買って
素材を知る、相手を知る
家具作りを初めて間もない頃の話です。既に製材された板を使って家具を作っていました。この時、木が暴れてしまうという失敗を何度か経験しました。わたしはこのことで、例え加工が正確に出来たとしても、素材である木のことについて何もわかっていなかったのだ、ということを思い知ったのです。
製材されてしまうとその板から素性を読み取ることは困難になってしまいます。わたしはいくつかの失敗を通じて、丸太選びから製材・乾燥・加工という流れを一から見直し、木について学び直そうと心に誓いました。
巨木たちの行方という製材見学会の様子。この回はトチで直径80㎝から180㎝長さ2.6メートルの正に巨木。今ではめったに見ることが出来ません。
ミズナラ丸太の製材風景。一発目のノコが入ると中身の肌が露になり、わくわく、どきどきの瞬間です。なかなか、良い木目が出ていると思います。
命を生かす
この丸太というものは、まさに木が”生きていた”ということを感じさせてくれます。丸太の木口から見える年輪は木の生い立ちの記録であり、ここから様々な情報を読み取ることが出来ます。しかし、予想に反した性質が現れることもよくあることで、経験者であろうとなかろうと何人も中身のことは開けてみなければ判らないという、神頼み的な要素があるのも事実です。
丸太から木を読む力においてまだ一年生程度の私は、もっぱら丸挽きという、ただ端から順番に板を取る方法で製材しています。しかし丸太を製材するようになってから、『適材適所』とはどういうことか、その大切さを身をもって知るようになっていきました。
様々な性質の人がいるように、様々な性質の木がある。生きてきた木、その木の性質を最大限に生かすようにそこから取れた板を使って家具を作り、願わくば、長く長く生きながらえて欲しいとわたしは思うのです。
初めて丸太を手にしたのは独立以前のことでしたが、計画性もなく、衝動買いのようなものでした。しかし今となっては、その丸太が今の仕事に導いてくれたようなものだなと感じているのです。